診療室における齲蝕活動性試験の有効利用その1:唾液緩衝能テストについて
色見本



Cavity treatment & Caries treatment



 かつての歯科医療における術者-患者関係は,処置の開始とともに始まり,処置終了とともに 終わってきた。 これは歯科医師数の絶対数の不足や,極端に齲蝕が多かったためだろう。しかし歯科医師の 増加を始めとして,歯科界を取り巻く環境は,年々厳しい状態にある。小児歯科領域においても, むし歯の洪水といわれた時代は,乳幼児期の齲蝕処置に明け暮れていた。“小児歯科”より 乳幼児ばかりを対象とした“乳幼児歯科”という表現の方が適切かもしれない。



 さて,図2は,3歳時の乳歯齲蝕と12歳までの永久歯齲蝕の関係である。3歳時で齲蝕のない小児は,この地域に おいては12歳時の平均DF歯数(永久歯)が3.4歯となっている。一方,9歯以上群では,平均DF歯数は7.02歯とな り,約2倍のスピードで永久歯齲蝕が増加していることがわかる。乳歯齲蝕と永久歯齲蝕は,正比例するだけでは なく,乳歯の齲蝕処置を繰り返すだけでは,なんら永久歯の健康を獲得できないことがわかる。乳幼児期の齲蝕 処置を中心としてきた小児歯科医としても考えさせされる結果である。
図1
図1
図2
図2
 さて現在,アメリカではCavity treatmentとCaries treatmentの語句を意識的に使い分けられている。 Cavity treatmentとは,単に軟化象牙質を除去し充填するだけの意味である。一方,Caries treatmentとは 充填のみならず,齲蝕の発生した背景にまで遡り処置を講ずることであり,齲蝕活動性を低下させ,齲蝕の進行を 鎮静化させることでもある。これが本来の歯科医療の姿であることは言うまでもない。



 図3は,3歳時で齲蝕処置を希望して初診で訪れ,処置終了後も3〜4か月毎に定期健診を受けた小児の12歳時の 平均DF歯数である。初診時にdf歯数が9歯以上であれば,齲@治療を繰り返すのみでは12歳の平均DF歯数7歯ある はずであるが,約1.4歯に止まっている。定期健診による,永久歯齲蝕の予防効果がいかに大きいかが理解されよう。
図3
図3
図4
図4

 小児歯科領域においても,従来型の“削って詰める”だけでは,出生数や乳歯齲@の減少に対し対応できない時代 を迎えている。小児歯科も,“小児期のみを診る歯科“から“小児期から診る歯科“へ大きく発想の転換を求めら れる時期であろう。もちろん,これは小児歯科に限ったことではない。これからの歯科医療は,生涯を通じ て健康な口腔を育成する,“かかりつけ歯科医”としての機能が要求されている。さらに付け加えるならば歯科診療 の予後を,時間軸から考える必要があることがわかる。
図5
図5

 一方,患者の立場からは,齲蝕処置とは,齲窩を充填すれば終了と思われて来た。しかし,齲蝕が生じた背景が変 わらないことには,二次齲蝕や新生齲蝕ができることは明白であり,そのためにも定期健診が重要なことは言うまで もない。

この様に考えると“かかりつけ歯科医”に求められているのは,まず充実した定期健診である。



 それでは充実した定期健診に来院していただくために,歯科医としてどんなことを考慮しておく必要があるのだろうか?


 さてアドラー心理学では「人間は未来に向かって目標を設定する。すなわち頭の中にいだく未来の目標に向かって,われ われは進んでいくのであり,未来の目標が現在を決める」としている。

  すなわち,将来の口腔状態を暗示することが可能であれば,患者本人や保護者の齲蝕予防に対する認識が高まり,望まし い歯科保健行動を期待できると思われる。

 そのためには,患者にとって理解しやすい保健指導が重要でる。
 そこで筆者らは,動機づけの一つとして齲蝕活動性試験を利用してきた。齲蝕活動性とは、齲蝕が新しくできつつある、 または小齲窩がさらに進行して、大きな齲窩になりつつあること、さらに齲蝕が一歯に限らず、多くの歯牙に多発する 傾向を言う。




“アタック・ディフェンスパワーバランス説”



図6
図6
図7
図7
 さて現在利用されている齲蝕活動性試験には,大きく2種類に分けることができる。
 この点をステファンのカーブを参考にして述べてみる。


 第1段階は,ブドウ糖液の洗口直後に急激に歯垢pHが低下し,臨界脱灰pH以下になると歯が酸によって溶かされる。

 第2段階として,低下したpHは徐々に元のpHに戻る。

 すなわち第1段階のpHを低下させる因子は,歯を攻撃する因子であり,齲蝕原性菌数・酸産生能等があげられる。

 第2段階には,pHを元に戻す因子,これは歯を防御する因子で唾液の作用(唾液緩衝能・唾液流出量)が考えられる。

 さてステファンも,齲蝕の程度により5グループに分け,各グループにおける上顎前歯唇側のプラークpHの変動について調べた。


 A群は齲蝕のない群,B群は以前齲蝕があるものの現在はない群,C群はわずかに齲蝕のある群,D群は齲蝕が多い群,E群は,非常に齲蝕が多い群である。

 各グループによって,初期のpHやpHの低下量(歯の攻撃因子),元の状態に戻るスピード(歯の防御因子)が異なることがわかる。

 すなわち齲蝕は,この両因子のバランスにより,その発生や進行が規定され(“アタック・ディフェンスパワーバランス説”) ,齲蝕活動性試験は歯の攻撃因子と防御因子の両面から応用することが重要であり,このバランスを管理することにより,より現実的な予防策を生みだせる。
図8
図8





歯の攻撃因子(CAT21テスト)と防御因子(CAT21Buf)の組み合わせと齲蝕罹患状態



 さて齲蝕活動性試験法には多くの方法があるがSnyderが述べている以下の所要性質を満たしているものは少ない。
1)試験の結果と口腔内の臨床所見と高い相関性があること
2)試験の結果に再現性があること
3)短時間で結果が得られること
4)試験方法が容易で簡便であること
5)1回あたりの試験費用が安価であること。
 この他の所要性質として,
6)安全であること 
7)すべての対象に応用可能であること 
等も考えられる。
図9
図9
 これらの条件をほぼ満足できる試験法として,歯の攻撃因子には,酸産生能を調べるCariostat法のCAT21テスト (図9 製品の写真),防御因子としては唾液緩衝能を調べるCAT21Bufがあげられる。(図10) 図10
図10
 ここで両齲蝕活動性試験と齲蝕罹患状態の関係について紹介する。
図11は,中学生におけるCAT21テストと齲@罹患状態との関係である。
図11
図12
図13
図11 図12 図13
 CAT21テストが1.0以下の低リスク群では,平均DF歯数は3.72歯に対し,1.5の中リスク群では4.69歯,2.0以上の高リスク群 では6.01歯となっている。1.0以下と2.0以上ではDF歯数の差は約2.3歯である。
 図12は,同一対象者のCAT21Bufと齲蝕罹患状態との関係である。高緩衝能の低リスク群の平均DF歯数は4.34に対し,中緩衝能 (中リスク群)では5.55歯,低緩衝能群(高リスク群)では6.72となり,高リスク群と低リスク群の差は約2.4歯となる。
 図13は,さらにCAT21テストとCAT21Bufとを組み合わせたものと齲蝕罹患状態との関係である。両者とも低リスク群では平均 DF歯数2.88歯に対し,両者とも高リスク群では8.30歯と,その差は約5.4歯に広がることがわかる。



 このように齲蝕活動性試験は,歯の攻撃因子と防御因子を組み合わせることで,より患者の口腔内を的確に把握することが 可能となる。

また興味深いことに両試験法の判定結果には,全く関係がみられない。これは歯の攻撃因子と防御因子を別々の “ものさし”で測っているからに他ならない。

これまで齲蝕活動性試験では,判定結果が良好なのに齲蝕が発生したとか,結果が悪いのに齲蝕がみられない等の疑問 があったが,まさにこれは一つの“ものさし”からのみ捉えていたからであろう。すなわち単一の“ものさし”で測る ことは,偽陰性や偽陽性を生み出す可能性が高い。





CAT21Buf


図14
図14
さて今回は,両テストのうち,歯の防御因子を測定する唾液緩衝能テスト(CAT21Buf)について紹介する。(図14)


内容物 本キットには,チュ-イングペレット(ガムベ−ス),テストチュ−ブ,唾液採取用容器, スポイト,判定用色見本,結果通知用用紙から構成されている。(図15)
図15 図16 図17
図15 図16 図17


使用方法 1.チューイングペレットを3分間噛み,刺激唾液を計量カップ(5ml)入れる。(写真16)
2.3分間の刺激唾液の流出量を測る。
むし歯になりやすさ
2.0ml以下 非常に危険(高リスク)
2.1〜5.0ml 注意(中リスク)
5.1ml以上 やや低い(低リスク)
3.唾液をスポイトでテストチューブ(容量1.5ml)の中央のラインまで(1ml)入れる。(図17)
4.蓋をしてよく振る。(チューブの底の、試薬が完全に溶けるまでよく振る。)
5.唾液の色が変化する。色見本に従って判定する。(写真18)
6. 結果通知用のパンフレットに記入し、患者さんに渡す。(図19)
図18
図18

唾液緩衝能 むし歯になりやすさ
赤色 (pH5.8-6.) 強い やや低い (低リスク)
橙赤色(pH5.0-5.5) やや弱い 注意(中リスク)
黄色(pH54.0-4.8) 弱い 非常に危険(高リスク)
(注:pH6.5以上では赤紫色となり,これ以上のpHにおいて色変化は起こらない。)
            
図18
図19

判定結果は,低〜高リスクとカルテ等に記入し,再試験を行う時の参考とする。(pHを記入しても良い)


注:放置すると唾液から二酸化炭素が放出し,色変化が起こるので30分以内に判定する。

図20 図21 図22
図20 図21 図22



 図23は,幼稚園年長児における判定結果とdf歯数(乳歯のdf歯数)との関係である。
 低リスク群(高緩衝能)では,2.28歯に対して高リスク(低緩衝能)では5.50歯となり,リスクが高くなるにつれdf歯数が増加する。
図23
図23


 さて齲蝕活動性試験は,医療従事者のみならず,患者が理解できなければ動機付けには至らない。
 そこで以下,唾液緩衝能テストについて説明し易いように,平易な文章で述べることにする。



唾液と齲蝕の関係


 唾液が齲蝕の発生と大きく関わりがあることは,上顎前歯と下顎前歯の齲蝕を考えると 理解しやすい。例えば,哺乳ビン齲@は,上顎前歯に多発するが,下顎前歯の頻度は低い。(図24)
 5歳児においても下顎乳中切歯の齲蝕歯率は約2%,一方上顎では約25%と10倍以上齲蝕が多い。 また永久歯上顎前歯でも,下顎前歯より25〜29歳で約1.5倍,45〜49歳で約2倍,75〜79歳で 約3倍齲蝕が多い。歯の寿命も上顎前歯(左側)が61.8歳,下顎前歯が66.3歳と,上顎前歯の方が 約5年短い。(平成11年度 歯科疾患実態調査報告による)



 図25は,図7で述べたステファンの研究と同一対象者であるが,下顎前歯の唇側プラークのpHである。(注:図7は 上顎前歯唇側のプラークのpH)
 下顎前歯の唇側においては初期pHが高いことがわかる。またpHの低下量も少ない。
 さらにはpHが元の状態に戻る時間も早い。
 このように上・下の前歯で齲@歯率や歯の寿命が異なる理由として,唾液腺の開口部位 に影響されると考えられる。
 また食物繊維は,自浄作用により摂取量が多い方が齲蝕は少ないとされている。


 図26は野生サルと飼育サルの齲蝕罹患状態であるが,自然食を多く摂取する野生サル の齲蝕は約1/4となっている。これは硬い食べ物をよく噛むことは,唾液の流出量を増加 させ,緩衝能も高めていると考えられる。
図24 図24
図25 図25
図26 図26




緩衝作用とは?

 ヒトが生きていくためには,多くの酵素が働いている。そのためには血液のpHは, 7.35〜7.45(正常動脈血)の弱アルカリ性に保たれており,pHが6.8以下,7.8以上では, もはや生命保持が不可能となる。ちなみに診療室で経験する手足の痺れや動悸,めまい を症状とする過換気症候群も,過度の呼吸によりCO2濃度が低下し呼吸性アルカロ−シス に陥り,体の調整機能が乱れた状態である。

 恒常性を保つためヒトの体は,酸やアルカリが加えられたときに,体液のpHを正常域 に保とうとする性質がある。これが緩衝作用である。

例えば,蒸留水に極めて微量の塩酸等を滴下すると,蒸留水のpHは容易に低下する。 しかし血液や唾液に滴下してもpHは,ほぼ一定に保たれる。清涼飲料水のpHは2〜4であるが,これらを飲み吸収されても体液のpHは変化しない。 この性質を利用して齲@活動性を調べるのが, 唾液緩衝能テストである。


    さて血液のpHを調節している主なメカニズムは3種類ある。

第1は,呼吸により炭酸ガスの放出 
第2は,排尿により酸性物質を体外に出す
第3番目に,重炭酸塩などの物質で血液中の酸を中和する。

 このうち,唾液の主要な緩衝作用を発揮しているのが,重炭酸塩系であり約95%を占める。  また重炭酸塩は,細胞から放出された二酸化炭素は炭酸脱水素酵素によって  CO2+H2O→H+ + HCO3-の形で血液中に存在する。ちなみに,肺ではH+ + HCO3-  →CO2+H2O となり二酸化炭素が排出される。   すなわち重炭酸塩による緩衝作用は,細胞の呼吸により発揮されるものである。 (注:HCO3-=重炭酸塩)




唾液緩衝能の実験

 理解しやすいように,ここで唾液の緩衝作用について簡単な実験をする。

1) 蒸留水を5CC用意する。pHは,約7.0である。(図27)
2) ここに0.1N(規定)の強塩酸(pH約1.0)を0.2cc加えると,pHは約2.3となった。(注;計算上では2.4になる)(図28)
3) 次に筆者の唾液5cc(pH約7.2)(図27写真)に,同じ量の塩酸を加えたらpHは,いくらになるだろう?(図29)
4) 結果は,約pH6.0となり,蒸留水に比べてpHが低下し難いことが理解される。(図30)
5) それでは,塩酸を加えpH2.3になった試験管に,さらにどの程度蒸留水を加えれば,唾液と同じpH6.0になるだろうか?
6) 計算上では,5リットルの蒸留水を加えなければならない。(図31)
図27
図27
図28
図28
図29
図29
図30
図30
図31
図31
 以上のことから,唾液の緩衝能がご理解いただけたかと思う。

図32 図32  ちなみに本テストチューブには乳酸が添加されており,蒸留水を入れるとpH2.5に なるように調整されている。ここに刺激唾液(1ml)を入れ,緩衝作用によりpHが5.8以上に まで上昇すると赤色,pH5.2で橙赤色,pH4.5以下では黄色に色変化する。唾液緩衝能が高い (赤色)ほど,中性に戻りやすいのでむし歯になりにくい。一方,緩衝能が低い(黄色)ほど むし歯になりやすいと考えられる。(写真32)

 ちなみに計算上では,テストチューブを蒸留水で薄めて黄色(pH4.5)にするためには, 100ml,橙赤色(pH5.5)にするためには約510ml,赤色(pH6.0)にするためには3.200ml, 赤紫色(pH6.5)にするためでは10,000mlの水を加える必要がある。単純に考えれば, 高緩衝能(pH6.0)の唾液は,蒸留水の3200倍の緩衝作用が存在することになる。




唾液のpHと緩衝能は,どう違うのか?


図33 図33
 ステファンのカ−ブで示されているpHは,唾液ではなくプラーク中のpHである。 図33は唾液と歯垢pHの比較である。  プラークのpHが元に戻るのは,緩衝物質である重炭酸塩がプラーク中に拡散し酸を 中和する。従って唾液のpHが,プラ−ク中の酸を直接中和しているとは言えない。  安静時唾液pHは変動幅が小さいことがわかる(pH6.4〜7.0)。一方,安静時の歯垢は pHの変動幅が大きいことがわかる(pH5.5〜7.4)。(図33)




刺激唾液流出量と齲蝕罹患状態


 刺激唾液の流出量と齲蝕罹患状態との関係するという論文は少ない。わずかに, 成人の根面齲蝕との関係は認められている。齲蝕との関係がみられるのは,放射線治療 やGVFDで唾液腺が損傷を受けた場合など,極端に唾液流出量が少ない場合に限られている。 (図34)
 しかしチューイングペレットが噛めず,唾液の採取が不可能な小児に齲蝕を持つ小児が 多い。これは重症齲@でペレットを噛めないから,刺激唾液が少ないことが理由として 考えられる。しかし安静時唾液が少ないため(唾液クリアランスの低下),齲蝕に罹患 していることも考えられる。
 従って,ペレットを噛んでも刺激唾液が分泌されず,判定不可能な場合は, 唾液流出量・唾液緩衝能検査とも高リスク群とする方が偽陰性になる可能性は低いと 考えられる。

図34 図34




唾液緩衝能の分布について


 本テストでは,唾液緩衝能の分布は,小児を対象とし刺激唾液で判定した場合, 約半数を低リスクとなるように調整した。(図 35)

 唾液腺は15歳位まで発達するとされている。そのため,青年期や成人期では, 唾液流出量や緩衝能が高いため,低リスク群が増加する可能性が高い。(図36)

 緩衝能が高くなりpH6.5以上になると色調が赤紫になる。その場合,赤紫色も 判定基準とするか,もしくは中性付近のpHを測るテストペパー (例 pH6.2-7.8 ADVANTEC 東洋濾紙社製)等を応用する。この他,刺激唾液量 を0.5CCとして減らせ判定することも考えられる。 この様な場合,0.5ml(pH:〇.〇),0.8ml(pH:〇.〇),1.0mlpH:〇.〇) と記入する。 さらには,安静時唾液で判定する方法も考えられる。前述したように,安静時唾液 は緩衝能が低いので,リスクが高くなる。(図37)
安静時唾液を採取する場合は,メスシリンダーで測定したり,あらかじめ紙コップ の重量を測り,3分間の安静時唾液を入れて再度重量を測る方法などがある。しかし ながら,安静時唾液量は,刺激唾液量の1/6程度であるため採取に時間がかかるのが 欠点である。もちろん安静時唾液により判定した場合など,その旨をカルテに記入する。
図35 図36 図37
図35 図36 図37




その他本テスト利用にあたっての注意事項


1) 唾液には,日内変動があるため可能な限り同じ時刻に採取した方が好ましい。
2) 齲@活動性試験の所用性質として,すべての対象に応用可能であることが条件の一つであるが,唾液を検体とした場合は,乳幼児が障害児への応用が困難である。幼稚園年長児(5・6歳)の1.0ml刺激唾液の採取率は80%程度であるが,年中児(4・5歳)で約60%,年少児(3・4歳)で40%程度である。
3) 本テストでは,チュ-イングペレットとしてガムベ−スを用いている。パラフィンワックスの場合,小児が嫌がる場合が多い。また口腔機能が未熟なため,ワックスを舌でより分けて,唾液を吐き出すことが難しい。ガムの場合,手で摘まんで唾液を吐き出させることが可能である。また必要に応じで,術者がガムを噛みデモを行うとよい。




唾液分泌量・唾液緩衝能を高めるには


 唾液流出量と緩衝能は,正比例するので唾液流出量を増加させることが緩衝能を高めることにもつながる。刺激唾液量は,食品の種類や硬さによって異なる。例えば,90gのハンバーグでは2cc,20gのスルメでは11.5ccの刺激唾液が流出される。また唾液量は,咀嚼回数と密接に関係するため以下,咀嚼回数を増加される食品の特徴を列挙する。
表1
1: 水分の含有量が少ない。・よく噛まないと飲み込めない
2: 細かく切られていない・塊のままを与える
3: 皮のついている食品(パンのミミ・リンゴの皮など)
4: 加工されていない食品(自然のままの食品)
5: おふくろの味(和食に多い)
6: 歯ごたえがある・硬い
7: 唾液緩衝能を高めるガム(試作中)


以下それぞれについて説明する。
1: 水分の含有量が少ない。よく噛まないと飲み込めない。 水分の少ない食物は唾液分泌を促進する。例えば,フランスパン、丸干しいわし は,唾液量が十分でないと嚥下できない。水分の量が多ければ噛まずに飲み込み 易い。また食事中は,お茶や水を飲まない。水で流し込み食べをすることを水洗 式咀嚼と言う。
2: 細かく切られていない大きな塊を与える。食物形態が大きく、包丁のかわりに 前歯を使い噛みきらなければならないもの。前歯で噛み切る食物は咀嚼回数が 自然に増加する。
3: 皮のついている食品:皮付きリンゴは皮なしリンゴの約2倍の咀嚼回数になる。 パンのミミなしとミミ付きも同様である。
4: 加工されていない食品。食材を,長時間煮込むほど,水分を吸収し軟らかくなる ので,加熱時間を短くする。
5: おふくろの味:煮物などの昔からのわが国の食事。あらかじめ袋に入っている "お袋"の味ではない。
6: 歯ごたえがある食べ物は,舌もよく動いている。舌が動くことは,舌小帯が 動くことであり,この動きがポンプ作用となり,舌下腺からの分泌量が増加する。 また咀嚼運動も,ポンプ作用で耳下腺・顎下腺の唾液分泌量を促進させる。
7: 現在,唾液流出量,唾液緩衝能を高めるガムを試作中である。




唾液にまつわる一口話


 その他保健指導の参考となるように唾液にまつわる話を掲げる。

1.貝原益軒の養生訓
 養生訓の一説に以下の文章がある。 "朝,ぬるま湯で口をすすいで,昨日から歯にたまっている ものを吐き出し, 干した塩で上下の歯と歯グキを磨き,温湯で二十・三十回口をすすぐ。さらに 口に含んだ湯を粗い布でこし,お碗に入れる。この塩湯で目を洗うと眼病の予防になる。"
 興味あることに,口をゆすいだ湯を目薬の代わりとしている。唾液には,さまざまな 抗菌物質(リゾチーム IgA等)が含まれており,薬のなかった時代の知恵と言える。
  "唾液は,身体の潤(うるおい)いであり,変化して血となる。唾液は,吐くな 飲み込むべし。"
 古くから,年老いても唾液が多いと健康であると言われる。唾液には,老化予防の ホルモン(パロチン)が含まれている。また唾液量が多いことは,消化液の分泌も多く 体が若いことを意味している。また"よだれの多い赤ちゃんは元気に育つ。"の言葉も 同じことであろう。

2.抜歯後の感染
 唾液1ml中の細菌数は,108CFU/ml。それに比べ,皮膚の表面には1000CFU/cm2程度 である。
 皮膚の菌数の方が少ないが,もし抜歯窩と同じ程度の傷ができたら,皮膚は化膿する に違いない。さらに,皮膚に唾液と同じ数の細菌が生息していれば,皮膚の傷はどうな るだろう?ここにも唾液中の抗菌物質の存在が考えられる。
 また骨折をした場合,その固定のために骨にビスを打ち込む。その後,毎日のように 洗浄を繰り返す。ところがインプラントをした場合,それだけ頻繁に洗浄するであろうか?

3. 動物が怪我をすると,傷口を舐めるどうしてだろう?
 ネズミの背中を1cm2切る。そしてネズミを1匹づつ飼った場合と数匹を一緒に 飼った場合を比べる。数匹を一緒に飼うと,ネズミはお互いの傷口を舐めあう。しかし, 1匹では自ら背中の傷を舐めることが出来ない。
 1匹づつ飼った場合,2日後の傷口は20%しか治っていない。しかし互いに舐めあった ネズミは,75%も傷口が治癒していた。唾液には,傷口を早く治す作用がある。 これは上皮成長促進因子(EGF)によるものと考えられる。また口の中の傷は,皮膚の傷 より数倍治りが早いのも唾液の作用による。(図38)

図38
図38

4.よく噛むとガンの予防になる。
 さまざまな発ガン物質を唾液に30秒間漬けると,発ガン作用は著明に低下する。 これは唾液中の酵素ペルオキィシダーゼによるものである。(図39)
図39
図39

5.齲窩形成の前段階であるCO(シーオー・白斑)が,消失するのも唾液の再石灰化作用によるものである。(図40,41)
図40 図40
図40 図41


これまで唾液は,あまり注目されていなかったが,以上のことを考えると唾液の生体防御作用の恩恵を受けていることが理解されよう。







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