おもしろ歯学


岡崎好秀

岡山大学 医学部・歯学部付属病院 小児歯科





唐突であるが,これは18歳の少年のむし歯である。
この歯では,せいぜい前歯でうどんを咬み切って,
           丸飲みする位の食べ方しかできないだろう。

さて彼は,どのような経過でこのような状態になったのだろうか?
ちょっと考えていただきたい。





単に歯を磨かなかったから,なったのか?
むし歯を放置していたからなのか?
それとも歯の治療が嫌だったからなのか?
小さい頃に歯の治療で痛い思いをして歯科治療が怖くて行かなかったのか・・・
だとしたら,同じ歯科医師の一人として反省するべき余地がある。

この永久歯のむし歯は,歯科医師であれば,乳幼児期からのひどいむし歯の延長であることがわかる。
それでは何故,乳歯の時からひどいむし歯であったのか?
保護者が,子どもの歯に興味を持っていなかったのか?
それとも,そもそも子どもに興味がないのか?

ところで最近,児童虐待と歯科疾患の関係が話題を呼んでいる。
米国の小児歯科の雑誌では,この件について十数年前から記述がある。
歯科医師は,虐待による歯の外傷を最初に発見する可能性がある。
だから,児童虐待を通報しないと歯科医師免許の剥奪にもつながるらしい。

さて東京都歯科医師会の調査によると,
虐待を受けていた乳幼児のむし歯保有者率は,同年齢児の約2倍,一人平均むし歯の本数は3倍,治していないむし歯は約6倍。
なかでも2歳未満児の一人平均むし歯の本数は約7倍となっている。
学童では,7・8歳児のむし歯の保有者率・12歳児の一人平均むし歯の本数が,それぞれ2倍・3倍である。
そして12歳児では,同年齢児の約3割しか治療がなされていないと言う。
もちろん,むし歯の本数だけから虐待を疑うのは,少々危険であるが・・・・。

しかし,子どもに対する関心のなさ。
これがむし歯をつくり,虐待につながっているのだろう。

さて,冒頭で18歳の少年のむし歯を紹介した。
この写真,実は少年院で撮影したものである。
重い罪を犯した少年達は,このようなひどい歯をしてることが多い。
この背景が,乳歯の時期に源があるとしたら,その時期の育児環境に根源がある。
犯した罪が,乳幼児期の家庭環境に端を発していると考えるならば,この少年だけを責めるわけにはいかないだろう。

児童虐待は,今後も増加するだろう。
でも一般人にとってこの問題は,保護者や家庭の問題の一つと捉えがちである。
しかし,これは大きな誤りである。
虐待されてきた子ども達は,将来どのような人間になるだろう。
乳幼児にとって絶対的な存在である両親を信じられないことは,あまりにも悲しい。
他人や社会を信じられない遠因ともなりうるだろう。
これが非行,さらには少年犯罪にもつながるかもしれない。
児童虐待を放置することは,新たな社会問題を作りだす可能性があるのだ。
良識ある大人の一人として,この問題について考えておく必要があるように思う。