歯のふしぎ博物館

歯のふしぎ博物館 

館長 岡崎好秀

(岡山大学病院 小児歯科)





▲それぞれの動物と糞に
線を引いていただきたい。

某動物園の元園長先生から草食動物の糞の標本をいただいた。
ゾウ・キリン・シマウマの糞を十分乾燥させ,
表面をクリアラッカーでコーティングさせたものである。
これを利用し小学校で歯の授業を計画した。
肉食動物がいないのでトラを加え,
それぞれの動物と糞の写真を集めクイズにした。
さて,動物と糞に線を引いていただきたい。

まずBの糞には,草が含まれていないのでトラだとわかる。
ちなみに肉食動物の糞は,黒くて臭いそうだ。
ゾウは,1日200キロもの植物を食べるという。
だから糞が大きいのですぐ分かる。
ずいぶん未消化物も多いようだ。




▲シマウマとキリンの糞
キリンの糞はどちらだろう。

さて,ここからが難しい。
シマウマとキリンの糞の差である。
両者とも草食動物だ。
よくわかるように両者の乾燥標本の糞を眺めてみよう。
アの糞は,小さく未消化物は少ない。
一方,イの糞には未消化物が多いこと。
未消化物の少ない消化システムが,
種にとって有利なことは言うまでもない。
それではどのような差が,未消化物の量に影響するのだろう?




▲シマウマは奇蹄類
キリンは偶蹄類に分類される

さてシマウマは,ウマや・ロバなどの仲間で,
足の蹄(ひずめ)が奇数であることから奇蹄(きてい)類に分類される。
一方,キリンはウシや羊などの仲間の偶蹄(ぐうてい)類である。
これらは有蹄類と呼ばれ、蹄を持つ草食動物である。
かつてこれらの動物は,5本の指を持ち,
森林に住んで軟らかい葉を食べていた。
しかし地球の乾燥化により草原が広がり
,そこでの生活を余儀なくされた。
さて草原での生活には,2つの問題がある。
1つは肉食動物に襲われる可能性がある。
もう1つは,硬く消化し難い草を栄養源としなければならない。

第1の問題に対しては,早く走って逃げることが求められる。
そこで無駄な力を分散させるため指の数を減らし
,同時に爪を硬くし蹄を作り出した。

第2の問題に対しては,特殊な消化システムを作り上げた。 
草食動物は,硬い草のセルロースを分解することができない。 
そこで腸内細菌の持つ酵素,セルラーゼを利用し草を分解しようとした。 
 






▲偶蹄類は巨大な胃を持つ。

そのため奇蹄類は,巨大な盲腸を作り出し,
腸内細菌で発酵させる道を歩んだ。
しかし盲腸には,落とし穴があった。
栄養分のほとんどは小腸で吸収する。 盲腸は,小腸の後にあるのだ。
このシステムは,栄養源の吸収効率が悪いのである。

一方,偶蹄類は,胃を発達させ多くの胃(複胃)を作り出した。
そのため,キリンも4つの胃を持つ。
第1・2胃で発酵させたものを,また口に戻して噛み続ける。 
これを繰り返し,最後に第3・4胃へと送られ消化される。
すなわち反芻(はんすう)による消化である。
この方法により,栄養を効率よく分解し吸収するシステムを作り上げた。  



▲偶蹄類の繁栄は
よく噛むことで
消化効率を高めた結果と言える。

これでシマウマとキリンの糞の違いが解けただろう。
未消化物が多いのがシマウマ,少ないのがキリンなのである。

さて現在,地球規模で考えると,奇蹄類の種類や数は減り続けている。
一方,偶蹄類は,種類や数が増え続けている。
この差は,反芻が作り出した消化システムの差と言える。

つまり,セルロースを効率よく分解するシステムは,よく噛むことが必要だ。
偶蹄類の繁栄は,歯が作り出したものなのである。