歯のふしぎ博物館


歯のふしぎ博物館 

館長 岡崎好秀

(岡山大学病院 小児歯科)





▲むし歯予防週間の、
動物園のカバの歯磨き

 カバは,水の中に住む草食動物である。
日中は水中に潜み,夜間になると上陸しエサを食べる。
一見すればおとなしそうに見えるが,神経質で凶暴な動物である。
アフリカでは,カバに襲われ死亡する者が後をたたない。
ところで、カバは大きな口を開けている光景を目にする。
これを見て“カバの大あくび”と揶揄される。
おかげでむし歯予防週間には、各地の動物園でカバの歯磨きが行われる。


▲カバの大あくびは
威嚇行動の一種である

  ところでカバは,どうして大あくびをするのだろう?
実はこれ、威嚇行動の一種である。
カバは,縄張りをおかされると、相手に攻撃をしかけるのだ。
面白いことにカバ同士の争いは、
どちらが大きな口を開けるかにかかっている。
大きな口を開けた方が勝ちなのである。
負けた方は、口を閉じ。
勝った方は、さらに大きな口を開ける。
なんと150度も開くという。

だから動物園の行楽客に口の中を見せることは簡単とのこと。
雄のカバの目の前で手を上げると,負けじと大きな口を開ける。
手を上げている間は,口を開け続けるのでじっくり観察できるのだ。





▲動物の食欲が低下すると、
口の中の問題であることが多い。

 さて,そのあくびも大きな牙を見せつけるためのものである。
牙を見せる事で、己の強さを強調している。
最初は小さな口だが,クチビルをまくりあげると
同時に牙をむき出し、口を開く。
そうすると歯が飛び出すように見える。
大きな口を開けることで,互いが傷つく争いを避けているのだ。

さて動物園の動物は,食欲が低下すると、
口の中に問題があることが多い。
数年前、獣医師から依頼され某動物園へカバの往診に行った。
カバの口をよく診ると歯グキが腫れていた。





 

▲軟らかい食物が多いと歯が減らず、
下顎の牙が皮膚を突き破ることもある

 カバの前歯や牙(犬歯)は無根歯であり、生涯歯が伸び続ける。
そのため軟らかい食物が多く,歯が適度に摩耗しないと、
下顎の牙が上顎の皮膚を突き破ることもある。
このケースの場合、上下の牙の当たり方に問題があり
、外傷性咬合を起こしていた。

とりあえず歯グキに抗生剤の軟膏を挿入し、
水で溶け出さないようワセリンを塗りつけた。
後日、歯科用の電気エンジンを持参し、
獣医師に牙が強く当たる部分を削合していただいた。
おかげで無事,食欲は回復した。
あの時のカバ,今も行楽客にあくびを楽しませていることだろう。