おもしろ歯学


岡崎好秀

岡山大学歯学部附属病院 小児歯科




▲どうして動物は傷口を舐めるのだろう?
  動物が怪我をすると,傷口を舐める。
そう言えば,私たちも幼い頃,傷口を無意識に舐めていたことを思い出す。
おそらくこの行為は,動物として本能的なものであろう。
しかし,どうし舐めるのだろうか?
舐めることに何か特別な作用があるのだろうか?
じつは,唾液(だえき)には傷口を消毒する成分が含まれている。
例えば,リゾチーム。風邪薬にも含まれているのでご存知の方も多いかと思う?
他にもラクトフェリンや免疫グロブリンであるIgA(アイジーエー)等が含まれ,殺菌作用を持っている。
 さて体を構成する細胞は約60兆個,しかし体に付着する細菌数は,およそ100兆個。
体の細胞より細菌の数の方が多い。
ちなみに唾液一ミリリットル中の細菌数は,一億から十億個。
それに比べ,皮膚の表面には一平方センチあたり千個と少ない。
もし皮膚に唾液と同じ数の細菌が生息していれば,傷口は化膿するに違いない。
ところが,口の中の傷は,化膿しにくい。
これこそ,唾液の殺菌作用と考えられるのだ。

 
 ところで,傷口をなめる理由は他にもある。
口の中の傷は,皮膚の傷より数倍治りが早い。
唾液の中には,傷口を早く治す物質も含まれている。
面白い実験がある。
まずネズミの背中を一センチ四方に切る。
そしてネズミを一匹づつ飼った場合と数匹を一緒に飼った場合を比べる。
数匹を一緒に飼うと,ネズミはお互いの傷口を舐めあう。
しかし,一匹では自ら背中の傷を舐めることが出来ない。
一匹づつ飼った場合,二日後の傷口は二十%しか治っていない。
しかし互いに舐めあったネズミは,七十五%も傷口がふさがっていた。
唾液には,傷口を早く治す作用があることがわかる。


傷口を舐めてもらったネズミは,治りが早い。
これは唾液に含まれる上皮成長促進因子(EGF)の作用である。


 唾液には,もっと他にも面白い作用がある。
たとえば,"よく噛むことは,ガンの予防になる"と言われる。
これは唾液中の酵素ペルオキィシダーゼによるものだ。
さまざまな発ガン物質を唾液に30秒間漬ける。
そうすると発ガン作用は,著明に低下する。
よく噛むことで唾液の分泌は盛んになる。
だからよく噛むことがガンの予防になるのだ。

 

唾液中のペルオキィシタ−ゼは,発ガン作用を低下させる。
この研究が,噛むことがガンの予防になる根拠となっている。
同志社大学 西岡一先生
 そう言えば,"よだれの多い赤ちゃんは元気に育つ。"
"唾液の多いお年よりは,丈夫で長生き。"と言う言葉がある。
唾液が多いことは,体が若いことを意味するのだろう。
ところで一小児歯科医として,子どもの口を診ていて気になることがある。
以前は子どもが口を開けていると,唾液が溢れて困ったものだ。
ヌルヌルした唾液の中で治療することは,たいへんであった。
ところが,最近では唾液がたまる子は少ない。
唾液の量が減少しているのだろうか?原因があるとしたら,食生活の変化だろう。

食べ物が軟らかくなり,噛まないこと。
あるいは,水やお茶で流し込む様にして,食べるからか?
流し込み食べをすれば,体は唾液を出す必要がない。
そう言えば,軟らかい食べ物と硬い食べ物を与えたネズミでは,唾液腺の大きさに差があるという研究もある。
やはり,たくさん唾液を出すためにも,よく噛むことは重要なのだ。