おもしろ歯学


岡崎好秀

岡山大学歯学部 小児歯科





▲数年前の冬,日本海で
ロシアのナホトカ号の
原油流出事故があった
  数年前の冬,ロシアタンカーのナホトカ号の原油流出事故があったことは記憶に新しい。
被害は日本海沿岸に及び,なかでも福井県の越前岬沿岸に多量の原油が流れ着いた。
地元民やボランティアがその除去にあたる。
冬の荒波の中で原油をヒシャクですくうもの,岩に付いた原油を雑巾や竹べらでとるもの,
誰もが懸命に作業を行っていた。
冷たい水の中で手は,かじかんで動かないことだろう。
体が冷える!暖が取りたい!この場から逃げ出したい!
しかし重油は,情け容赦なく流れ着く。
寒さのために死亡事故も起きた。
腹が立つ!この怒りをどこに,ぶっつければよいのだろう。
テレビを誰もが同じ思いで見ていたことだろう。



福井新聞記事




▲原油を流出し続けるナホトカ号に
目を向けた方が良いのではないか・・。
 このシーン,じつは歯科医師も診療をしながら感じることに似ている。
前の治療で,乳歯の奥歯に銀歯をかぶせた。
きょうのその歯を見てみると,本来光っている銀歯が,くすんだ色をしている。
これは歯に付いた歯垢である。
この歯垢が酸を出し歯が溶かされ虫歯ができる。
また歯垢が毒素を出し歯周病が起こる。
この状態が続くなら,また悪くなることが目に見えている。
「せっかく きれいに治したのに…。」とため息が出る。
いったいこの子の親は,歯を治す気があるのだろうか?
保護者からの言い分があるだろう。
「磨いても,すぐに歯垢が付くのです。」
銀歯に付いた歯垢。これは岩に付着した原油である。
すなわち歯を磨くことは,岩に付いた原油を取り去ることに相当する。
ちょっと待てよ。
岩に付いた原油を取り去ることに精力を注ぐより,
原油を流出し続けるナホトカ号に目を向けた方が良いのではないか。
だとすれば歯垢を取り去ることを考えるより,歯垢のできる原因に付いて考えたほうが良いのではないか。
これは一種のパラダイムの転換である。


▲いったいこの子の親は,
歯を治す気があるのだろうか?
 さて野生のサルは,木の実や葉などを食べている。
野生サルの虫歯の研究があり,虫歯を持つサルの割合は約6%。
一方,加工食品も食べる動物園のサルの虫歯は約36%だと言う。
この差は,何故起こるのか?両者とも歯ブラシを持って歯を磨くわけではない。
動物園の獣医は言う。「サルの口が,春と秋には汚れる。」
これは何を意味するのだろう?
さらに続けて「行楽客がサルにエサを与える。」からだと言う。
肥満や糖尿病のサルも珍しくないそうだ。
野生サルと動物園サルの虫歯の差。これは食べ物であることがわかる。
虫歯と言えば甘い食べ物が,方程式のように頭をよぎる。
一方で,最近は学童期に歯肉炎などの歯周病が増加していると言われている。
軟らかい食べ物の増加と歯周病の関係は,次のように説明できる。
いま,リンゴとケーキがあったとしよう。
ナイフでリンゴを切る。
ナイフは,ほとんど汚れない。
次にナイフでケーキを切ってみよう。
ナイフにはベッタリと汚れが付く。
歯もナイフと同じである。リンゴを食べても汚れは少ない。
しかしケーキを食べるとナイフ同様の汚れが付く。
甘い食べ物だけではなく,軟らかい食べ物も口を汚す元凶だと言える。
口は食べ物が入る最初の場所だから,食べ物が変われば最初に変わるのは口の中ではないかと思う。
歯磨きだけで虫歯や歯周病を予防するより,食生活全般について考えることで,さらに大きな健康の獲得に繋がらないだろうか。



 
▲口は食べ物が入る最初の場所だから,
食べ物が変われば最初に変わるのは
口の中ではないか