おもしろ歯学


岡崎好秀

岡山大学歯学部 小児歯科




 ヒトは永久歯が抜けると二度と萌えることはない。
                  何度も萌えてくれば,歯科医院へ通わなくてすむのに・・。
そんな思いをしながら,これを見ている方もおられるだろう。
一方,歯が何度も萌えてくる動物もいる。
たとえばサメ。
歯が抜けても次々と萌えてくる。
たった1ヶ月で、すべて萌え代わるとさえ言われている。
ヒトにとっては,うらやましい限りである。
でも本当そうだろうか?
▲サメは,歯が抜けても次々と萌えてくる。
ヒトにとっては,うらやましい限りである。

 ヒトは,単細胞動物から魚類へ,そして両生類から爬虫類の時代を経て進化してきた。
この間45億年。
この時の流れが,ヒトの体に刻まれている。
その過程のなかで,必然性があったからこそ,萌えかわらない歯が誕生したのではないだろうか。

▲サメの顎の内側には,
次々と萌えて来る歯が準備されている。
 さて「サメが漁船を襲い、そこにはサメの歯が刺さって残っていた。」といった記事を見たことはないだろうか?
そう! サメの歯は,抜けやすい歯なのだ。
この理由は,簡単だ。サメの歯は,歯の根がない。
これがヒトの歯との大きな違いだ。
ちなみに進化の過程で爬虫類までの動物には,歯の根が存在しない。
歯の根は,木の根と同じ。なければ台風で倒れてしまう。
抜けてもまた萌えてくるのから・・,という疑問の回答には,まだ至っていない。



 さてご飯の中に砂粒が入っており,間違って噛んでしまったら顎はどうなるだろう?
とっさに口が開く。
一定以上の力がかかると歯が壊れてしまう。
これは歯に対する防衛作用である。
この役割をするのが,歯のクッション役の歯根膜。
歯根膜には,もっと他にも働きがある。
お寿司屋でマグロとタコを注文したとしよう。
顎の動かし方はどう違うだろう?
マグロは簡単に咬み切れる。
ところがタコは咬み切れない。
歯ごたえのある食べ物は,歯を微妙にずらして咬み切ろうとする。
そう!ヒトは食べ物に合わせて,顎の動かせ方を変化させて食べることができるのだ。




 サメとヒトの歯には、もっと大きな違いがある。
サメの歯は,尖った歯ばかりである。
ところがヒトには、3種類の歯がある。
食べ物を咬み切る前歯,ひきちぎる犬歯,そして奥歯で咀嚼して飲み込む。
一方,サメはどうだろう?
サメは,食べ物に食らいつき,丸飲みするだけだ。
これでは歯ざわり,舌ざわりも楽しめない。
サメにとって歯とは,手に代わって獲物を捕らえる道具なのだ。
無理に噛むと歯が抜けてしまう。
ヒトでは,歯が抜けないように,歯の周りを囲む歯槽骨(しそうこつ)がある。
歯と歯槽骨の関係は、電球とソケットの関係と同じだ。
ソケットの役割をする歯槽骨のおかげで,歯が抜けないことがわかる。
 さて歯周病。
これは歯垢や歯石によって歯槽骨が溶かされ,歯が動きだす歯グキの病気。
言いかえれば,ヒトの歯がサメの歯へと退化する病気なのだ。
ヒトの歯は一度しか萌え代わらない。
       しかし,大切にあつかえば,一生保つようにできているのだ。