おもしろ歯学


岡崎好秀

岡山大学歯学部 小児歯科




 ある動物園での話。
 獣医が動物舎を見廻っていると,サルが死亡していることを発見した。
 どうして死んだのだろう?昨日まで元気だったのに?
 当初獣医は,サルの死因がわからなかった。
 1年後,そのサルの骨格標本を見て,その理由に気がついた。歯が原因で死んだのだ。
 歯が原因で死に至ることがあるのだろうか?
▲サルは、牙が発達して
いるため歯根も太く長い。
そのため根のある部分の
骨が腫れている。
 さて病巣感染(ルビ:びょうそうかんせん)という言葉がある。
 まずこれについて説明しょう。
 むし歯が進行し,神経が死んだままの状態が続くと,歯の根の先に膿がたまる。
 これが血液を介して,体中にまわる。
 この菌が,心臓につけば心内膜炎,腎臓につけば腎炎,関節につけばリウマチ等, さまざまな病気の原因になる。

▲獣医は後頭部にアナが
あいていることを発見し
て、歯が原因で死んで
いることが分かった。
 話しを戻そう。
 獣医が,サルの骨を観察していると後頭部に穴が開いていることに気がついた。また 上顎の牙が折れむし歯になっていた。
 どうしてこれで,歯が原因で死んだとわかったのだろう?
 理由は,こうだ。
 まずサルの牙は,鋭く尖り大きい。
 牙が発達していることは,歯の根も長くて太い。
 歯の根による膨らみは,眼の下の部分まで達している。
 おそらくサルの牙の神経が死んで根の先に病巣があったのだろう。
 歯の根の先から脳まで距離がないため,菌は脳に感染しやすい。
 そして脳に炎症があった部分の骨が溶けて穴が開いたのだ。
 これが獣医の診断だ。
 サルの世界では歯が原因で命を失うことが多いらしい。



 それではヒトでは,どうであろう?
 小児科から原因不明の熱などが続くと,歯が原因の可能性もあるので 紹介状を持って来られる。
 歯の治療をすると,病気が治ることをよく経験する。
 やはり歯が原因だったのだ。
 それではむし歯は,どのくらい体に影響を与えているのだろう?



 そこで神経まで達したC3のむし歯と血液中の白血球との関係について調査した。
 乳歯にC3のむし歯がある子とない子では,むし歯がある子の方が白血球の数が 500/ml多かった。
 白血球の数が多いことは,何らかの病原菌の感染があることが考えられる。
 病原菌が体に進入すると,体の防御作用によって白血球を作りだす。
 このため白血球が増えるのだ。
 つまり進行したむし歯は,体への持続的な感染源の原因となっていることがわかる。
 たかがむし歯であっても体には,これだけ負担がかかっているのだ。
白血球数