おもしろ歯学


岡崎好秀

岡山大学・医学部・歯学部附属病院 小児歯科




“馬齢(ばれい)を重ねる”という言葉がある。
“無為に年を取る”という意味である。
この言葉の語源について詳しくは知らない。
しかし馬齢の“齢”は“よわい”という字。
馬と齢は,どのように関わっているのだろうか?
一般に草食動物は,他の動物と比べ歯の減りが激しい。
1年の間に約2ミリも歯が擦り減る。
だからウマの齢は,歯の状態から推定できるのだ。
 

▲競走馬にまつわる歯の話題は多い。
歯のトラブルで勝利を逸したケースは多い。

さて競走馬にまつわる歯の話題は数多い。
ウマ好きの方ならご存知だろうが,4歳馬と言えば競走馬にとって生涯一度のチャンス。
なにしろ皐月賞・ダービー・菊花賞などの大レ−スが控えている。
たった2・3分の間に,もてるパワーを爆発させる。
最高の状態で晴れ舞台に立てるよう,ちょっとした体調の変化も見逃せない。

ところでこの頃,歯の萌え代わりの時期である。
調教師は,食欲が落ちると,まず歯を診る。
萌え代わりで痛ければエサを食べない。
“歯がわりに当たって体調を崩した”と言われるほど,
食べられずに勝利を逸したケースは多い。
また歯の擦り減り方が不均一だと,鋭利な部分で粘膜を傷つける。
これもまた食欲に影響するる。
そこで獣医に依頼し歯にヤスリをかけ,噛み合わせを調整する。
ウマも定期的に歯のチェックをしているのだ。


▲調教師は,食欲が落ちると
まず歯を診る。
痛ければエサを食べないのだ。


▲調教師から聞いたウマの見分け方
前歯を見て先どうしが当たっているのが良い
この様な噛み合わせのウマが,食欲旺盛だ


 ここで調教師から聞いたウマの見分け方を披露しよう。
まず前歯を見る。
ウマは前歯で短い草を引き抜いて食べるため,
先どうしが当たっているのが良いという。
この様な噛み合わせをしているウマが,食欲旺盛だと言う。
次にアゴの張ったウマが良い。
アゴが発達していることは,歯がよくて何でも噛んで健康とされている。
軟らかい食物の影響で細くなった現代人とは大違いだ。


 そもそもウマは,1日16時間食べ続けるなかで進化してきた動物だ。
草はエネルギー効率が悪い。
だから普通の食事では,体を維持するのに精一杯なのだ。
これではとても走れない。
そこで競走馬に,高カロリーで消化しやすい配合飼料を与える。
なるほど!それなら走れる!と思われるだろうが,それでも問題が残る。
ウマにとっては,栄養面より食べることにあてる時間が大事なのだ。
小さな固形資料を与えても問題が残る。。
食べ終えても,他のウマが食べ続けていると,ストレスを感じるらしい。
イライラして,調教どころではなくなるのだ。
さあ困った。
ペレット
▲消化しやすい配合飼料を
       与えても問題が残る。
食べることにあてる時間が大事だ
そこで,飼い葉桶の中に大きな石ころを入れたり
サカナの網にエサを入れて与える。
食べにくくさせることで,ゆっくり食事を楽しむことができる。
ウマもゆっくり噛むことで満足するのだ。
忙しい現代社会,ウマに見習うべきことがたくさんありそうだ。

ペレット

▲網にエサを入れて与え
       ゆっくり食事を楽しませる
ウマに見習うべきことがたくさんありそうだ