おもしろ歯学


岡崎好秀

岡山大学・医学部・歯学部附属病院 小児歯科




太平洋戦争中,北太平洋のある島での出来事。
アメリカ軍が上陸したとき,日本の守備隊は森に隠れた。
このとき,アメリカ軍は,どの位の日本兵がいるのかわからなかった。
アメリカ軍は,日本兵の残していった“ウンチ”を元に人数を予想した。
でもどうしてウンチから予想できたのだろう?

ウンチの量は食物繊維の摂取量と深く関係する。
穀類が中心の食生活はウンチの量は多く,肉食傾向になると減少する。
ちなみにアフリカのある国の農民の中には,1キロ近くのウンチをする人もいるとのこと。
それだけあれば,洗面器一杯くらいになりそうである。
ついでにある大学のゼミで調べたところ,日本の大学生の平均は約100gだそうだ。
モンキ−バナナ大で約50g位なので,あなた方もトイレで予想するとよい。



 

▲アメリカ軍は,日本兵のウンチの量
から守備隊の人数を予想した。

話は戻って,アメリカ軍は,自分たちの量を基準にしたために,大きく予想がはずれてしまった。
当時の日本人は,穀類を多量に食べていたのでウンチの量が多く,約2倍の日本軍がいると予想したのだった。
ウンチの量に関する“ウンチク”は,もっとある。
昭和30年代。日本に団地ができた時,水洗式のトイレも初めて導入された。
その頃は,トイレの配水管がよく詰まり,団地内で汚物が溢れ出し苦情がでた。
そう!これも,排水管の太さをアメリカの基準で決めていたからなのだ.







このようにウンチの量は,食物繊維の量で決まる。
食物繊維は“人間の消化酵素で分解されない食品中の成分”と定義されている。
例えば,ヒトはセルロースを消化することができない。
だから,カサを増やせ大腸を刺激することで便通を促し便秘の予防となる。
しかし玄米など食物繊維を多く含むものは,硬くて食べにくいので,
口当たりの良い白米を食べるようになり,摂取量が減少した。
1日の目標値は20gであるが,現在ではその70%くらいしか食べられていない。
そこで,日本では少なかった大腸がんが増加している
かつての栄養問題は,栄養不足をどう解消するかが大問題であった。
ところが現代では,過剰な栄養摂取による生活習慣病の予防が問題となっている。
そこで,“食べカス”である食物繊維が見直されている。





▲食物繊維は現在目標値の70%
くらいしか食べられていない


▲細胞壁がなければ,
空に向って伸びることができない。


さて,食物繊維のほとんどは植物性食品に由来する。
そして,水に溶けない“不溶性”と“水溶性”の食物繊維がある。
今回話題にしたいのは,“不溶性食物繊維”である。
これは,別名“粗繊維”と呼ばれ野菜のスジなどに含まれる硬い繊維のことである。
それでは,この繊維は,どうして硬いのだろう?

動物細胞の特徴は,軟らかい細胞膜で覆われていることだ。
そして動物には,骨がありこれで体を支えている。
一方,植物には骨がない。
これでは,葉や花の重さに耐えきれないし,空に向って伸びることもできない。
そこで植物細胞は,周りに硬い“細胞壁”を持っている。
ちょうど大きな建物の鉄骨と同じである。
だから硬いのだ。







それでは食物繊維と歯との関係。
ある幼稚園で野菜の摂取頻度とむし歯との関係について調べた。
その結果,野菜をよく食べる子の乳歯の平均むし歯歯数は5.1歯。
一方,ほとんど食べない子は8.1歯であった。
野菜をよく食べる子は,むし歯が少ないことがわかる。
唾液がたくさん出て,口の中の汚れが洗い流される。

それを示唆する別の研究。
ネズミにデンプン(14%)と砂糖を混ぜたエサを与えたら,約70%にむし歯がみられた。
一方,セルロース(14%)と砂糖では,40%以下となった。
硬い食物繊維をよく噛むことで,むし歯の発生が抑えられることがわかる。





▲野菜の好き嫌いとむし歯(幼稚園児)

ところで,むし歯が多いから野菜を食べる事ができないことも考えられる。
「歯を抜いたら便秘になった。」とか「歯を治したら便秘が治った。」
などの話も耳にする。
なかでも根菜類は,歯がないと食べられない。
いくら体に良い食物繊維でも,噛まずに飲み込んだら消化不良を起こす。

実際,高繊維食は低繊維食に比べ,20回以上噛む回数が増える。
すなわち食物繊維の摂取は,噛める歯の存在が重要であったのだ。





▲野菜は,歯が悪いと食べられない。