岡崎好秀
岡山大学 医学部歯学部 附属病院 小児歯科
![]() ▲宇宙空間への旅立ち。 |
宇宙における最大の楽しみの一つは、何と言っても食事の時間。 一緒に食事をしながら歓談の場となる。 食事が終わったら,宇宙船内でも歯を磨く。 各宇宙飛行士の日用品セットの中に、歯磨き粉を付けた歯ブラシが用意されており、毎回取りかえる。 ところで宇宙では歯が磨きにくいらしい・・。 どうしてだろう? 宇宙空間では地上で考えられないほど難しいことがある。 地球では引力が働いている。 しかし宇宙船の中では遠心力も働くため引力が打ち消され,無重量状態になる。 歯ブラシを動かせると、体も回ってしまうのだ。 これは作用・反作用の法則による。 ちょうどボートに乗って、他のボートを押すと自分も動くのと同じ。 宇宙飛行士自身が動かないように,体を固定しなければならない。 |
⇒宇宙では無重量なので |
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![]() ▲宇宙では大きく歯ブラシを動かせると |
宇宙でも、歯ブラシを細かく動かせて磨くバス法が良いようだ。 それでは、電動歯ブラシはどうだろう? 元宇宙飛行士に電動歯ブラシを送り、感想を聞いた。 「これなら長時間磨ける」との答え。 しかし電気のコンセントの利用に制限があるらしい。 電動歯ブラシの利用には、まだしばらく時間がかかりそうだ。 |
![]() ▲宇宙では歯磨きの後 |
他にも問題点がある。 歯磨きの後、上を向いてのガラガラうがいができない。 何故なのか? まず無重量状態では,表面張力により水滴が丸くなったまま浮遊する。 水は密閉された容器にいれておかないと,こぼれてあたり一面に漂い続ける。 最終的には、空気の流れのために天井に付着してしまう。 もし無重力状態で“ガラッ!”とウガイをすれば、その瞬間水が飛び散ってしまう。 少量の水でも、器械に入れば誤動作の原因となる。 無事地球に帰還できないかもしれない。 また浮遊している水玉が、鼻から肺に入れば溺れてしまう可能性もある。 水は、危険なものなのだ。 だから宇宙飛行士は、口を閉じて水分を漏らさないようにしなければならない。 このような理由から、ブクブクうがいしかできないのだ。 うがいの水は、そのままゴックンと飲み込む。 水を吐き出せないから,磨いた後そのまま飲み込んでもよい歯磨き剤が利用されている。 しかし中には、飲み込むことを嫌う者もいる。 その様な宇宙飛行士は、ティシュペーパーに吸わせてから捨てている。 |
ところで無重量の状態になると、数日は宇宙飛行士の顔が丸くなり、 むくんでいることがわかる。 これは体の水分である体液のバランスが崩れるからだ。 地上では、体液は重力の影響を受けて下半身に集まっている。 たとえば心臓は重力に逆らって血液を上半身に送り出す。 しかし無重量の世界では、その必要がない。 頭から足の先まで、同じ量の血液が分布する。 頭や胸部では、平均二リットルも体液が増加する。 そのため鼻が詰まるなどの不快症状に見舞われる。 脳の血管が腫れているのがわかると言う宇宙飛行士もいる。 それでは、歯はどの様な影響を受けるのだろう? 歯が浮いた感じがするそうだ。 気持ちが悪いので歯磨き後、指先でマッサージをする宇宙飛行士までいる。 宇宙では、歯を磨くことでも地上で考えられないことが起こるのだ。 |
![]() ▲デンタルフロスをしている |
<写真提供 若居 亘先生 NASA>